船橋と習志野の、近所のことを、少しずつ。
やさしい日本語 / Easy Japanese

七年祭りの「七年」は、6年おきにやってくる

6年おきなのに、なぜ七年祭り?

船橋市三山の二宮神社を中心に行われる「下総三山の七年祭り」。名前だけを見ると7年ごとの祭りに思えますが、実際に行われるのは丑年と未年、つまり6年おきです。船橋市の文化財解説は、前回の年を1年目として数える「数え年」では7年目に当たるため、七年祭りと呼ばれると説明しています。満年齢と数え年の違いのように、昔の数え方が祭りの名前に残っているのです。

四つの市から、九つの神社が集まる

祭りに参加するのは、船橋市、習志野市、八千代市、千葉市にある9社です。船橋市からは二宮神社と八王子神社、習志野市からは菊田神社と大原大宮神社、八千代市からは時平神社と高津比咩神社、千葉市からは子安神社、子守神社、三代王神社が加わります。今の行政境界を三つも越えて神輿が集まることから、県は下総地方を代表する「寄合祭り」として紹介しています。2004年には千葉県指定無形民俗文化財になりました。

9社には、父・母、子守、産婆、叔父、叔母など、一つの家族に見立てた役割があります。習志野市の公式解説では、二宮神社が父・夫、子安神社が母・妻、三代王神社が産婆、子守神社が子守、菊田神社が叔父、大原大宮神社が叔母などとされています。神社が別々の町にあっても、祭りの日には一族のような関係で結ばれます。

祭りの中心にある、出産と子育ての物語

なぜ家族の役割があるのでしょう。祭りの起源には、室町時代の武将の妻の安産を願ったことに始まるという伝承があります。史実として確定した出来事と同じようには扱えませんが、各自治体の文化財解説は、この伝承が祭りの構成や9社の役割と結び付いていることを紹介しています。

大祭では、9社の神輿が三山の神揃場に集まり、二宮神社へ向かいます。その後、二宮神社、子安神社、三代王神社、子守神社の4社は旧幕張海岸の磯出御旅所へ移り、磯出祭を行います。習志野市の説明によると、先に行われる安産御礼大祭が出産祝い、後の磯出祭が安産祈願に当たるため、「三山の祭は後が先」ともいわれます。時間の順序が逆になったような言葉ですが、次の出産への願いまで続く祭りと考えると意味が見えてきます。

小祭から大祭へ、地域でつなぐ時間

船橋市は、祭礼を9月の小祭と、秋の大祭に分けて説明しています。小祭の湯立祭を経て、大祭では禊式、安産御礼大祭、磯出祭が行われます。ただし、開催年の詳しい日時や交通規制は毎回同じとは限りません。見学を考えるときは、その年の各市や神社の公式案内を確かめる必要があります。

地図で9社を探すと、三山だけの祭りではないことがよく分かります。津田沼の菊田神社、実籾の大原大宮神社、八千代の高津比咩神社や時平神社へと線をつなぐと、普段は別々に見える街が一つの祭礼圏になります。七年祭りは、古い行事を保存するだけでなく、四つの市に暮らす人たちが長い時間をかけて関係を受け渡してきたことを伝える祭りでもあるのです。